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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3839号 判決 1961年4月25日

原告 並木馬之助 外二名

被告 小泉晃

主文

原告並木馬之助、同並木もよの各請求は何れも棄却する。

被告は原告皆木志恵子に対し金二六万円の支払をせよ。

訴訟費用のうち、原告並木馬之助、同もよと被告との間に生じた分は同原告等の負担とし、原告皆木志恵子と被告との間に生じた分は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「主文第二項同旨及び被告は、原告並木馬之助に対し金二六二、九〇〇円原告並木もよに対し金三二五、六七五円の各支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因を次のとおり述べた。

「一、原告並木馬之助、並木もよの長男である訴外亡並木兼雄は、昭和三三年五月二日午後一〇時五〇分頃、東京都中野区沼袋町二四九番地先で被告の過失により傷害され死亡した。

二、原告馬之助、同もよは、同訴外人から、昭和三〇年一一月以降毎月金五、〇〇〇円の生活補助を受けていたが、被告の右行為により右送金は途絶した。

原告馬之助の余命は一一年余、原告もよの余命は一七年余であるから、被告の右行為により原告馬之助は三三万円、同もよは五一万円のそれぞれ得べかりし利益を喪失した。

右金額から中間利息を控除すると、原告馬之助は二一二、九〇〇円、同もよは二七五、六七五円の損失となる。

三、原告馬之助、同もよは、訴外兼雄の死亡によつて大なる精神的苦痛を受けているので、その慰藉料は各金五万円が相当である。

四、原告皆木は、昭和三二年一一月より訴外兼雄と内縁関係にあり、同訴外人から毎月少くとも金一万円余の扶養を受けていたので、同訴外人の死亡により、同訴外人の死亡後六ケ月間に金六万円の得べかりし扶養利益を喪失した。

また、原告皆木は訴外兼雄の死亡によつて大なる精神的苦痛を受けているので、その慰藉料は金二〇万円が相当である。

五、よつて、被告に対し、原告馬之助は二六二、九〇〇円、同もよは三二五、六七五円、同皆木は二六〇、〇〇〇円の支払を求めるものである。」

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

「請求原因第一項の事実は認める。

第二項の各事実は否認する。

第三項中、原告等が精神的打撃を受けたことは認めるがその余は否認する。

第四項中、原告皆木が訴外兼雄の内縁の妻であること、毎月一万円余の扶養を受けていたとの事実は、いずれも不知、損害賠償請求の点は争う、慰藉料の点は否認する。その余は不知。」

抗弁として「昭和三三年五月三〇日被告及び被告の父訴外小泉清太郎と訴外兼雄の遺族全員(皆木志恵子が同訴外人の遺族であるとすれば同人も含む、以下同じ)の代理人たる原告並木馬之助との間に、示談契約が成立し、被告及び被告の父である訴外小泉清太郎から訴外兼雄の遺族全員に対し、金一〇万円を示談金として提供し、右金員の授受を以つて訴外兼雄の遺族全員は一切の慰藉料及び損害賠償債権を放棄したものである。」と述べた。

原告等訴訟代理人は、「右抗弁事実中、原告馬之助が被告方から金一〇万円の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。右金員は訴外兼雄の一時の葬式費用として預つているものである。」と述べた。

証拠として、原告等訴訟代理人は、甲第一ないし第五号証を提出し、証人渡辺正夫の証言及び原告並木馬之助、同並木もよ、同皆木志恵子の各本人尋問の結果を援用し、乙第一号証中、原告並木馬之助に関する部分の成立を認め、その余の部分の成立は否認すると述べ、

被告訴訟代理人は乙第一号証を提出し、証人武田重郎、同小泉清太郎の各証言を援用し、甲第一ないし第四号証の成立は不知、第五号証の成立は認めると述べた。

理由

原告馬之助、同もよが、訴外亡兼雄の父母であること、同訴外人が被告の過失により傷害され死亡するに至つたことは、当事者間に争がない。

先づ、被告主張の示談成立の抗弁について判断する。

原告並木馬之助作成部分の成立につき争いない乙第一号証に、証人武内重郎、同小泉清太郎の各証言及び原告本人馬之助、同もよの各本人尋問の結果を綜合すると次の事実を認定することができる。

訴外亡兼雄が被告の過失により傷害されて死亡した後、被告の父である前記訴外小泉清太郎及び同人の知人である訴外武内重郎(同人は原告馬之助の知人でもある)と、原告馬之助、同もよ及び同人等の女婿に当る訴外山田某との間で示談交渉が進められ、当初原告側では示談金として金五〇万円を要求したが、交渉の結果、金一〇万円で示談解決することに双方協議が整い昭和三三年五月三〇日原告馬之助(同人は原告もよの代理人をも兼ねている。なお、原告皆木の代理人であることは認められないことについては後記のとおりである。)と被告の代理人である右訴外小泉清太郎との間に、原告馬之助、同もよは、右訴外小泉清太郎から示談金として金一〇万円を受領して、被告に対する一切の慰藉料並びに損害賠償請求権を放棄する旨の正式の示談契約が成立し、乙第一号証の示談書と題する書面が作成され、その頃右小泉清太郎は原告馬之助に対し、右金一〇万円を支払つた。

而して原告馬之助が金一〇万円という少額で示談に応じたのは被告小泉晃は固より、その父である右訴外小泉清太郎は殆んど無資産でたとえ多額の賠償を要求してもその支払を受けられる見込は殆んどない状態であつたこと(訴外小泉清太郎は無職で長男及び娘から生活費の支給を受けている状況であり、なお被告小泉晃は服役中である。)に加えて訴外亡兼雄が死亡したのは同訴外人の側にも責むべき点がある(同訴外人と被告との喧嘩が原因である)と考えていたためであつた。

原告馬之助、同もよ各本人尋問の結果中、被告側より受領した一〇万円は葬式費用等として受けたものであると述べている部分は、前段認定の示談金額が一〇万円と決定された事情に照し、にわかに措信できず、又前記乙第一号証の記載が、被告に対する刑事々件についての関係当局えの嘆願書の如き内容をも有していることは、右は示談書と嘆願書とを兼ねたものであると解すれば何等右認定の妨げとならず他に前段認定を左右するに足る証拠はない。

よつて、原告馬之助、同もよの被告に対する損害賠償並びに慰藉料請求権は右示談契約により一切放棄され、消滅したものといわなければならない。

被告は、右契約に於て、原告馬之助は原告皆木志恵子をも代理して契約したものであると主張し、証人武内重郎、同小泉清太郎の各証言中には右主張に沿うが如き供述が見られるが、(イ)原告馬之助、同皆木各本人尋問の結果によれば原告皆木は、訴外兼雄死亡前は固より、死亡後ふ原告馬之助同もよとは別居し、法事の際に出向く程度で、別に生計を維持していたものであることが認められ、(ロ)また右各原告本人尋問の結果中には、右契約の締結について、原告皆木が、原告馬之助にその交渉及び締結の権限を与えたことを認めるに足る供述は見当らず(尤も原告馬之助に対する尋問の結果中に、原告皆木が、五〇万円で示談することについて諒解していた旨の供述が見られるが、仮に右供述のとおりであるとしても前記の如く金一〇万円で示談することについて諒解を与えていたことの証拠にはならないことは云うまでもない。)右(イ)及び(ロ)を綜合し、前顕証人武内重郎、同小泉清太郎の各証言部分をこれと対比するときは、右各証言部分は当裁判所のにわかに措信できないところであり、他に前記被告主張事実を認めるに足る証拠はない。

故に仮に原告馬之助が原告皆木の代理人と称して右契約を締結したとしても、それは無権代理行為であるから原告皆木には何等の効力も生ずるものではない。

よつて、原告皆木との間にも示談契約が成立したとの被告の主張は理由がないといわなければならない。

よつて進んで原告皆木の請求について判断する。

原告皆木が昭和三二年一一月頃訴外亡兼雄と事実上の婚姻をなしその後結婚生活を続けていたことは、原告並木馬之助同皆木各本人尋問の結果により明かである。

そこで先づ原告皆木主張の損害賠償の請求について判断する。

証人渡辺正夫の証言に、同証言により真正に成立したものと認められる甲第一、二号証を綜合すると、訴外亡兼雄は前記結婚生活中、その勤務先である東亜自動車株式会社から月約三万円の給料を支給されていたこと認めることができ、右事実に前記の様に原告皆木が右訴外亡兼雄と事実上の婚姻をしていたことを併せ考えると、原告皆木は内縁の妻として、原告主張り様に少くとも月一万円余の扶助を受けていたものであることを容易に推認することができるから、同原告は訴外亡兼雄の死亡により、右死亡後六ケ月間に合計六万円の得べかりし利益を喪失したといわなければならない。而して右の得べかりし利益は、仮に厳密なる意味において権利ということを得ないとしても、法律上保護せらるべき利益に該るものであることは多言をまたないところであるのみならず一般に他人を傷害した場合において、其等の者に妻又はこれと同視すべき関係にある者が存し、右傷害の結果、これ等の者の利益を侵害することがあることは当然これを予想しうるところであるから、被告は訴外亡兼雄を傷害したため原告皆木の前記利益を侵害したことにより、同原告が蒙るべき損害を賠償する義務があるといわなければならない。よつて被告は原告皆木に対し前記金六万円の損害を賠償する義務がある。

次に原告皆木の慰藉料の請求について判断する。

原告皆木が訴外亡兼雄の内縁の妻であり、同訴外人と事実上の結婚生活を営んでいたことは前認定のとおりであるところ、かかる内縁の妻は民法第七一一条に規定する配偶者に準じて同条により慰藉料の請求権を有するものと解すべきであるから、原告皆木は同法条により被告に対し慰藉料請求権を有するものということができる。而して、同原告は昭和三二年一一月以来訴外亡兼雄と事実上の結婚生活を営み何等正式の妻と変ることなき生活を営んでいた者として、その蒙つた精神的苦痛は多大であると云うべく、その慰藉料の額は少くとも金二〇万円をもつて相当とするといわなければならない。

よつて被告は原告皆木に対し、損害賠償として金六万円、慰藉料として金二〇万円、以上合計金二六万円を支払う義務がある。

以上の理由により被告に対する原告馬之助、同もよの本訴請求は爾余の点についての判断をまつ迄もなく全部失当として棄却すべきものとし、原告皆木の本訴請求は全部正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 池田正亮 斉藤次郎)

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